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Small is Beautiful

  • Posted by: Nobby
  • 2011年8月21日 15:58
【第二部 第五章 人間の顔を持った技術】 私は技術の発展に新しい方向を与え、技術を人間の真に必要物に立ち返らせることができると信じている。それは人間の背丈に合わせる方向でもある。人間は小さいものである。だからこそ、小さいことはすばらしいのである。
「大きいことはいいことだ」という TV CM が流れていたのはまだ高度成長期だった1960年代終わりから70年代くらいだったと思います。この「Small is Beatuful」が出版されたのはちょうどその頃、1973年。無限の発展を前提とした経済理論がずっと以前に破綻しているのは間違いないですが、今から40年も前に現在を見越したような警鐘を鳴らしているこの本はあらためて価値を見直され広く読まれて欲しい一冊。経済学の本では無く、一級の思想書として読まれるべき良書です。 振り返ってみれば、ここで指摘されている問題の数々は、実は当時から誰もがずっと薄々勘づいていながら知らぬふりをしてきただけのことかもしれません。フクシマが現実のものとなってしまった今、足元を見つめ直し将来の子どもたちに何を残すべきかを考えたいものです。 もちろん、理想だけを唱えていても何も解決しません。原発を今すぐ全廃などということは現実的ではないし、営業運転を止めたとしてもそこに核燃料が存在する限り危険の度合いは大して変わらないのも事実。脱原発、原発推進と二極化して互いに煽っても仕方がない。自分たちの10年後、20年後、さらには二代、三代後の子どもたちが安心して暮らせる社会を築くにはどうすれば良いのか、知恵を出し合うことが必要です。 ◆スモール・イズ・ビューティフル   人間中心の経済学   E・F・シューマッハ 著 ◆Small is Beautiful   A Study of Economics as if People Mattered   by E. F. Schumacher
【目次】 第一部 現代世界  第一章 生産の問題  第二章 平和と永続性  第三章 経済学の役割  第四章 仏教経済学  第五章 規模の問題   第二部 資源  第一章 教育...最大の資源  第二章 正しい土地の利用  第三章 工業資源  第四章 原子力...救いか呪いか  第五章 人間の顔を持った技術   第三部 第三世界  第一章 開発  第二章 中間技術の開発を必要とする社会・経済問題  第三章 200万の農村  第四章 インドの失業問題   第四部 組織と所有権  第一章 未来予言の機械?  第二章 大規模組織の理論  第三章 社会主義  第四章 所有権  第五章 新しい所有の形態   結び
以下、印象に残った部分を少しだけ抜粋。 【第二部 第一章 教育...最大の資源】
教育の役割として、まずは何をさておき価値観、つまり、人生いかに生きるべきかについての観念を伝えなければならない。ノウハウを伝えることも必要には違いないが、それは二義的なことである。相手に大きな権力を渡す場合、相手が分別のある扱い方を心得ているかどうかを確かめないのは、明らかに無謀なことだからである。今日、人類が恐るべき危機にあるのは疑いないが、それは科学・技術のノウハウが足りないからではなく、英知がかけているのでこのノウハウを破壊目的に使う心配があるためである。教育の向上は、それによって英知が増すときに限って役に立つ。 教育の核心は価値の伝達にあると述べたが、価値はわれわれの身につき、精神のいわば一部にならない限り、人生の導き手としては役に立たない。
【第二部 第四章 原子力...救いか呪いか】
人間が自然界に加えた変化の中で、最も危険で深刻なものは、大規模な原子核分裂である。核分裂の結果、電離放射能が環境汚染のきわめて重大な原因となり、人類の生存を脅かすことになった。一般の人たちが原子爆弾のほうに注意を奪われるのはうなずけるが、それが二度と使われないという希望はまだ持てる。ところが、いわゆる原子力の平和利用が人類に及ぼす危険のほうが、はるかに大きいかもしれないのである。
危険を判断するのが仕事の保険会社が、世界のどこでも第三者への損害に対して原子力発電所を付保してくれないので、特別立法によって国が債務を負わざるをえないしまつである。とはいえ、保険をかけようがかけまいが、危険は危険であって、これこそ経済学という宗教に毒されて政府も国民も原子力の「採算性」にしか目を向けていない例である。
新しい「次元」の危険のもうひとつの意味は、今日人類には放射能を造る力があるのだが -- 現にまた造ってもいる -- いったん作ったが最後、その放射能を減らす手立てがまったくないということである。放射能に対しては、化学反応も物理的操作も無効で、ただ時の経過しかその力を弱めることができない。炭素14は半減期が5900年であるが、このことは放射能が半減するのに6000年かかるということを意味する。ストロンチウム90の半減期は28年である。だが、半減期の長さはどうであれ、放射能は半永久的に残るわけで、放射能物質を安全な場所に移す以外に施すすべがない。
それにしても、原子炉から出る大量の放射性廃棄物の安全な捨て場所とは、いったいどこであろうか。地球上には安全だといえる場所はない。(中略)プランクトン、藻、多くの海中動物には、放射性物質を1000倍、ときには100万倍に濃縮する力がある。生物は生物を食べて生きているのだから、放射性物質は生命の連鎖を上にたどって、最後には人間に戻ってくるのである。
いかに経済がそれで発展するからと言って、「安全性」を確保する方法もわからず、何千年、何万年の間、ありとあらゆる生物に測り知れぬ危険をもたらすような、毒性の強い物質を大量にためこんでよいというものではない。そんなことをするのは、生命そのものに対する冒涜であり、その罪は、かつて人間のおかしたどんな罪よりも数段重い。文明がそのような罪の上に成り立つと考えるのは、倫理的にも精神的にも、また形而上学的にいっても、化物じみている。それは、経済生活を営むにあたって、人間をまったく度外視することを意味するものである。

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