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科学と芸術のあいだ: 「フェルメール 光の王国」

  • Posted by: Nobby
  • 2011年10月15日 23:36
  • 写真 |
「絵を見に行く。光のつぶだちを見つける。美しいもの美しいと感じる。自由でいる。たくさんの人々のおかげでこの旅がかなえられた。こんな本が作りたかった。」 (福岡伸一 著者あとがきより)
「生物と無生物のあいだ」以来、福岡伸一ファンなんですが、絵画にまでこのような深い造詣があろうとは。まいりました。科学者らしからぬ?華麗な文体が今回も冴え渡っていますね。 いよいよ、京都での展示も明日16日までとなってしまいました。行った方も行かない方も、フェルメールに興味があるのなら、この本はかなりおすすめです。同行の写真家、小林廉宜氏による写真の数々も美しく、本に彩りを添えています。写真好きの方にもおすすめ。
《微分》というものは、実は何も難しいものではありません。高校の教師はかつてそう私に語った。 《微分》というのは、動いているもの、移ろいゆくものを、その一瞬だけ、とどめてみたいという願いなのです。カメラのシャッターが切り取る瞬間、絵筆のひと刷きが描く光沢。あなたのあのつややかな記憶。すべて《微分》です。人間のはかない"祈り"のようなものですね。微分によって、そこにとどめられたものは、凍結された時間ではなく、それがふたたび動き出そうとする、その効果なのです。
福岡伸一氏の著作にたびたび登場する「動的平衡」というキーワード。 このキーワードにたどりついたのも、高校の教師の《微分》についての説明が大本にあったのかなとさえ思います。 全ての事象は時の流れの中で時々刻々と変化を遂げている、いわば諸行無常。今、目の前に見えているものの姿はその一瞬を切り取った(これを氏は「微分」と表現している)「刹那」の姿。 フェルメールの生きた17世紀、ニュートンが微分法を生み出し、同時期に、「光の天才画家」と称されるフェルメールは、知ってか知らずか光を粒子の流れとしてとらえ、絵筆でもって光の流れ=時間を絵の中にとどめおくことに成功した。 それゆえ、フェルメールの絵からは、その一瞬だけではなく、その前後の時の流れ、物語さえ感じられるのでしょう。 訪問先でのエピソードは、著者の過去の著作にたびたび取り上げられている歴史上の人物が登場し、フェルメールと関連付けて語られているのも興味深い。レーウェンフック、アインシュタイン、エッシャー、ガロア、ライアル・ワトソン、シェーンハイマー、などなど。「生物と無生物のあいだ」では、ニューヨーク時代の野口英世の話が出てきますが、この本でもニューヨークで野口がフェルメール作品を目にしていたのではないかという仮設を示し、夭逝したフランスの天才数学者ガロアも実に魅力的に描かれています。 ワトソン、シェーンハイマーあたりは自分の著作の中や翻訳本で取り上げている方々を無理やり登場させている気配もありますが・・・ この本を読む前に、福岡氏の著作をいくつか読んでおくとさらに楽しめるのではないかと思います。

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